“3.11から5年たって想うこと”

“3.11から5年たって想うこと”

2011年3月11日に起きた、東日本大震災からちょうど5年が経ちました。

大きな被害を出した震災をふり返ってみると、みなさまそれぞれ心の中に、様々な想いを抱えていると思います。

“3.11から5年たって想うこと”としてみなさまひとりひとりの声をラルーンで募集したところ、当時のさまざまな状況をふり返ったコメントが多数寄せられました。

3.11から5年が経って、想うこと

みなさまのコメントを、一部抜粋してご紹介します。

※震災の実体験が記載されている箇所がございますので、気分が悪くなる方は閲覧にご注意してください。

あの日が中学の卒業式だった私は、5年経った今、無事に成人式を迎える事ができました。

あの日から、強く生きようと、今ある命に感謝しようと決めて、日々を生きています。

私よりも小さな命が失われた事が心苦しい。夢や希望を持った沢山の命を奪っていった震災が憎い。

あの日失ったものは多いけれど、癒えぬ傷を負った人も多いけれど、みんなで1つになって、みんなで良くしていこうという想いは、日本人の素晴らしさだと思います。

【Mさん】



原発事故で、訳もわからないまま自宅に帰れなくなった人、自宅を全て流された人、母子で津波に飲み込まれておんぶしていた我が子だけ失った人、赤ちゃんを抱っこした姿勢のまま亡くなっていた人……たくさんの悲しみも見てきた。

けれどそれ以上にたくさんの人に助けられた。たくさんの優しさと善意に救われて、たくさんの人が立ち上がれた。

忘れないでください、とは言わない。
ただ、時々でいいから思い出してください。
いつ我が身にふりかかるかわからない災害の恐怖と備えの大切さと、誰かの為に、と思う気持ちと行動がたくさんの人の笑顔に繋がることを。

【Tさん/福島県】



はじめは、あー地震だぁ~位にしか思ってなかったけど、どんどん強くなり、本棚が将棋倒しになり本当に怖かった。 私が怖くて震えていると揺れている間うずくまってる私をかばうように守ってくれた、みずしらずのおじさん。 あの時お礼も言えず、本当に申し訳なかったけど本当に感謝してます。

その後あわてて職場に向かいました。 病院内はパニックになっていた。 どんどん運ばれてくる人たち。看護師の私は涙をこらえて働いた。

【Mさん/宮城県】



どうか、福島県の復興のためと思い、福島県産の食品を手に取って頂きたいです。福島は、農業が盛んで、米も野菜も果物も美味しいものばかりです。是非一度、食べてみて頂きたいです。

今は福島を離れた私ですが、ずっと福島を応援しています!
頑張れ福島!頑張れ東北!

【Tさん/福島県】



今日は、朝から津波のニュースを見ながら、5年前の今日の出来事を子供に話しました。
津波で亡くなった人が沢山いる事。
家族が犠牲になった人がいる事。
大事な物や人が地震によって一瞬にしてなくなってしまった事…

いつもふざけてばかりの息子も今日は私の話を真剣にきいてくれた。

私はあの日の出来事を、伝えるしかできないけど、できるだけ多くの人に伝えていきたいと改めて感じました。

【Rさん】



みなさま投稿をありがとうございました。
引き続き、こちらのトピックで投稿が続いています。

3.11から5年が経って、想うこと



共感の気持ちも多数寄せられています。震災を忘れず、いのちの大切さを心に刻んでいきたいですね。