他人にイラッとした時に思い出したい禅のことば

職場や学校で一緒に何かをするって、むずかしい……。

「何であの人は手伝わないの?」
「何であんなやり方してんの?もっと早くやってほしい!」

どうしても他人の行動にイライラしてしまうこと、ありますよね。

でも、その感情を、そのまま相手にぶつけてしまって、いいのでしょうか?

今回は、イラッとして誰かを傷つけてしまう前に、思い出してほしい「禅のことば」をご紹介します。


●私ばっかり忙しい!もう、誰か手伝ってよ!と、思った時に・・・
「他不是吾(他は これ 吾に あらず)」

「他不是吾(他は これ吾に あらず)」は、 他の人は私ではない。

誰かが自分の代わりに仕事や作業をやってくれたとしても、それは私の修業にはならない。という意味のことば。

お腹がすいている時、誰かが代わりにご飯を食べてくれても、自分はお腹いっぱいになれません。

日々の仕事も同じように、他人に手伝ってもらっていては、自分のスキルアップにはなりませんよね。

自分で成し遂げた仕事は、必ず自分を高めてくれます。

忙しくてイラッとした時は、心をしずめて、その仕事が「人生の修業になる」「自分のためになる」という風に考えてみてはいかがでしょう?


●あの人、絶対まちがってる!私のほうが正しい!と、思った時に・・・
「鶏寒上樹鴨寒下水(鶏 寒くして 樹に上ぼり 鴨 寒くして 水に下る)」

気温が低くなると、鶏(にわとり)は木の枝にのぼって寒さをしのぎます。

けれど、鴨(かも)は防寒のために水に入るということを言っています。

おなじ鳥の仲間が、おなじ状況で、おなじ結果を求めていても、その対処法はそれぞれに違っていて当然。

という意味の禅語が、「鶏寒上樹鴨寒下水(鶏 寒くして 樹に上ぼり 鴨 寒くして 水に下る)」です。

人は、どうしても自分のやり方・考え方が正しいと思ってしまいがち。

また、自分と同じ考え方の人がたくさん集まれば、その思いはさらに強くなりますね。

でも本当は、どの方法が正しいということはなく、いくつものやり方・考え方があっていいはず。

自分たちと違う行動をしているからといって、誰かを責めるのも、誰かに責められるものおかしい。

それを理解しながら、お互いが納得のいく方法を探していけばいいんです。


●あの人は、何を考えているのかわからない!理解できない!と、思った時に・・・
「遍界不曾蔵(へんかい かって かくさず)」

「遍界不曾蔵(へんかい かって かくさず)」は、世の中が真実を隠しているわけではなく、すべてはあなたの周りに現れている。という禅語。

人の心がわからなくて不安になること、ありますよね。でも、真実は誰かが隠しているのではなく、本当はもう、目の前に現れているのかも。

私たちの目や心は、思うほどあてにならないもの。自分中心の考えにとらわれて、偏った見方をしてしまいがちなのです。

自分の「思い込み」を取り除き、「ありのまま」を見ると、単純で明らかな真実が見えてくるはず。

慌てず、周囲に踊らされず、現実をじっと見つめられる人間になりたいですね。


●おまけ・・・「人との出会い」は、すべてのはじまり。
「我逢人(がほうじん)」

「我逢人(がほうじん)」は、出会いの素晴らしさを表すことば。

自分だけで考え、行動していては見つからないものがある。誰かと出会うことによって、新しい何かを生み出し、人は成長していく。

人との出会いこそがすべてのはじまりです。人と会うこと。人と会う場所。そして、人と会う時の自分の姿を大切にしましょう。

人生は一度きり。どんな出会いも経験も自分の糧になるものです。

他人にイラッとしても、その相手に抗議するまえに、一呼吸。禅のことばを思い出してみてくださいね。
by みわ あやの